デリヘルからちょんの間までロマンの風俗旅

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昭和・平成の風俗史【ノーパン喫茶〜箱ヘル時代】

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ノーパン喫茶ブームは広がるのも早かったが、終息するのも早かった。82年には築地署が都内で初めて公然わいせつ罪で銀座のノーパン喫茶を摘発した。それと前後して、ノーパン喫茶は沈静化に向うと同時に、新たな風俗へと進化していった。

81年、歌舞伎町に登場したのは、ノーパン喫茶に個室マッサージを併設した複合型風俗店・歌舞伎町『USA』だった。ファッションヘルスの元祖であり、イヴが在籍していた店でもある。『USA』の成功を見た同業他店がそれに追随するように、84年にはノーパン喫茶の多くが個室マッサージに転業していった。

しかし、その様子を当局が見過ごすはずはなく、85年2月、大幅な手直しを加えた改正風俗営業適正化法(以下風営法)が施行された。その際、新たに規制されたのが、個室マッサージ店も公安委員会への届け出対象になることをはじめ、病院、官公庁、学校などの施設から周囲200メートル以内には新たに出店できないことなどだったが、それは事実上の〝出店禁止措置〟であった。

つまり現在、ソープランドや店舗型ファッションヘルスとして営業している店は、この時点で営業権を得ていた30年近く続く老舗ということになる。

翌86年当時、日本経済は大きなうねりの中にいた。バブル経済の到来である。実体とは乖離して株価や不動産価格が見る見る上がり、夜の街でも札ビラが飛び交った。その年に登場したのが『伝言ダイヤル』であり、89年の『ダイヤルQ2』、そして、のちにNK流へと流れる赤羽の個室割烹(本サロ)だった。

関西に目を向けると、90年に大阪で『国際花と緑の博覧会』が開催されたが、それに祭し、それまで大阪にあった2つの本番風俗、新地とソープランド(84年にトルコ風呂から改称)が問題視された。そこで、当局と関係者の間で秘密裏に交わされたのが、新地を残す代わりに府内からソープランドを撤退させるという約束だった。大阪府内にソープランドがないのは、この理由によるとされている。

この頃、東京池袋を中心に、またしても新たな風俗が生まれていた。マンションをプレイルームとするイメージクラブ(以下イメクラ)の登場である。裸でプレイが始まるファッションヘルスに対し、ストーリーやシチュエーションをイメージしながら、服を脱がせるところから始まるイメクラは、男性の闇なる性癖を突いた革新的な業種だった。当時の様子を前出の元風俗紙編集長Y氏はこう語る。

「イメクラは、ある人物に相談されてボクがプロデュースしたんですよ。91年春のことです。ただし、風俗店ではなく、池袋のマンションで会員制の『夜這い同好会』としてネ。風営法に縛られず、同好の士たちと妄想の世界に浸れる楽しいサークルだったんですが、思った以上に評判になった。それをカンチガイした風俗業者が、歌舞伎町で店舗展開したんです。これがまたウケた」

現実世界では犯罪となってしまうようなシチュエーションを、ロールプレイングゲームのように体験できるイメクラは、夜這いから始まり、痴漢電車、オフィスセクハラなど、様々なアイディアが取り入れられていった。

そして92年以降、歌舞伎町一番街を中心に、池袋、新大久保、高田馬場に店舗型ヘルスが乱立する風俗バブル期に突入していった。

95年には五反田を中心にSM店が、96年には韓国エステがブームとなり、風俗業界は、ソープにピンサロ、ファッションヘルスに性感ヘルス、イメクラ、SM、エステ…と、バブル経済が崩壊する中、まさにカオスな状況に突入して行くのだった。

「私が業界に入ったのは95年頃なんですけど、その頃渋谷はテナント不足、池袋は東口中心に火がついたけど、北口はぼったくり店が多くて風俗店の出店は出遅れた感がありました」

そう語るのは、風俗広告の代理店代表F氏だ。

「SMクラブやパブ、バーも人気で、五反田、六本木に多かったです。広告に関しては、当時すでに大人のパーティーの行数広告(三行広告)が多かったのを覚えています。そのあと三行広告ブームになりましたけど、当時の方がずっと多かったんです。その頃の大きな変革は、デリヘルが届出制になったことじゃないですか?」

F氏が言うとおり、99年4月、風営法の改正に伴い、派遣型風俗店(デリヘル)が届け出対象となった。

「その背景は、風俗店の看板を青少年の目から隠すという意味もあるんだけど、実際は、当局がデリヘルの実数をつかむためだったんですよ」

前出のY氏はそう読む。そして、インターネットの普及ととともに、デリヘルが成長する中、悲劇は起きた。2001年9月1日、歌舞伎町一番街にあったセクパブやイメクラ、麻雀店の入った雑居ビルから出火したのだ。この火災によって、客と従業員44名の命が失われることになった。原因は放火とされているが、現在でも詳細は不明のままである。

つづく。

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