デリヘルからちょんの間までロマンの風俗旅

松本雷太のニッポン風俗総研

風俗

女子高生風俗の変遷3

投稿日:

日韓共催サッカーワールドカップで日本全体が沸き上がった2002年、秋葉原でも1軒のコンセプトカフェが盛り上がりを見せていた。それが、世界初の常設型メイド喫茶「Cure Maid Café」である。時を同じくして、ドラマ『電車男』のヒットにより、アキバには同様のメイド喫茶が次々と開店し、メイドブームが、全国に広まることとなった。

04年になると、アキバではメイドブームに代わる新しい潮流が発生していた。女子高生の制服リフレである。「リフレ」とはリフレクソロジーの略で、本来は英国式足裏マッサージを意味するが、新しい潮流のそれは、「女のコとのコミュニケーションを楽しむためのゆるいマッサージ店」を指す。

ある日の午後、秋葉原の裏路地を歩いてみると、路地にはチラシや店のカードを持ったミニスカの高校制服姿の女のコはすでに消えていたが、メイド服姿のリフレの女のコを見つけることができた。
その女のコを通じて、リフレを経営する山中氏(仮名)に取材をお願いすると、快く話してくれた。

「JKリフレができたのは、メイド喫茶が下火になってきた頃ですよ。私が始めたのもその頃です。高校の制服だから、リフレで足踏みなんかするとパンチラしちゃうでしょ、それがウケたみたい」

実は、アキバでJKリフレが流行る以前、札幌のすすきのが女子高生風俗の聖地のように言われた時期があった。そこに、『U(アンダー)17』という、制服姿の女子高生が足を揉んでくれ、オプションで、なんと目の前で生着替えまでしてくれる店が開店していたのだ。すぐに摘発されてしまったが、筆者にはアキバのJKリフレブームと、何かしらの共通点があると感じているのだが…。

山中氏がJKリフレを開店させた08年頃は、池袋で女子高生出会いカフェ『C』が摘発され、女子高生の風俗的なアルバイトに対し、規制が厳しくなってきている時期でもあった。
翌09年、折からの洗体エステブームに乗り、名古屋に水着姿の女子高生をウリにした洗体エステが登場。その後、横浜にも系列店が出店し、「性的な接触はない」として、ホームページの名鑑欄にも堂々と〝16歳〟などと年齢を詠ってはいたが、こちらも間もなく摘発されている。
また同じ頃、『耳かき店員殺人事件』が起きると、被害者女性の月収65万円という高額収入が注目されることとなった。

「耳かきだけでこんなにお金がもらえる」

テレクラの家出女子高生補導記事と同様に、またしても報道が逆読みされたのだ。しかも、今回逆読みしたのは、働く側の女のコたちだった。

つづく。

 

-風俗

Copyright© 松本雷太のニッポン風俗総研 , 2018 All Rights Reserved.