デリヘルからちょんの間までロマンの風俗旅

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女子高生風俗の変遷4

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『JKビジネス』という言葉が誕生したのは2010年のことだ。当時人気だったJK居酒屋、JKガールズバー、JK見学クラブなど、女子高生による水商売や風俗系のアルバイトを総称してそう呼ぶようになり、数々のマスコミで取り上げられた。
しかし、その多くの店舗で、「水着姿での接待」や「下着が見えるような室内の構造」、「客が自慰行為をするのを助長するシステム」などがあり、風営法や労働基準法に抵触するなどの理由で、摘発が相次ぐようになった。

すると店側は、一目瞭然でわかるシステムを、ごまかすために生み出したのが「JKお散歩」だった。「散歩」という名目で、客と女のコを管理者の目が届かない場所にあえて追いやり、店側の責任を回避した上で、裏オプ(性的サービスのオプション)の交渉をしやすくしたのだ。

12年にはJKリフレに加えて、「添い寝」や「撮影会」「作業所」「コミュ(コミュニケーションルーム)」など、新たなJKビジネスが誕生しているが、いずれも、規制の網の目をかいくぐるようにして生まれた業種であった。そして、そのいずれもが、表面上は女のコとの接触や、わいせつ制がないような形態をとっているが、実は個人交渉(裏オプなど)でナイショのサービスが受けられたり、下着が覗けたりという、ある意味、規定化されたシステムが確立されていった。

前出の山中氏のリフレに勤める、小柄で黒髪のミカ(19歳)は、筆者の肩を揉みながら話してくれた。

「入ったのは高校1年の時で、リフレがどんな店かも知らなかったの。その頃はお散歩もやってたし、リフレのお客さんに頼まれれば添い寝もしたの。
でもそのあと、お店が巻き添えで摘発されちゃったんで、コンビニ(バイト)やってたんだけど、高校卒業した頃店長から連絡があって、またここで働いてる。裏オプを要求するのは常連じゃない人。だから、見た目、恐そうな人や変な人には声かけないの。高校卒業した今の方が、『どこまでできる?』って言う人増えて困るよ」

もう一軒、JKガールズバーに行こうかと、路地でチラシを持って立つ長身の女のコに声をかけ、システムを聞いた。すると、

「コミュだよ! あたしが付きっきりでお話とかゲームしてあげるの。テーブル挟んで時間一杯ずっといっしょだよ!」

必死で訴えるその表情から、そうとう長い時間ここに立っているんだろうと予想できた。おそらく時給制ではなく、完全歩合制なのだろう。その必死さに逆にこちらが引いてしまい、「ごめんね」と言うと、無言でまた視線を路地行く人に向けるのだった。

「ノンです。18歳の高3だよ。ガールズバーは今日で2回目なの」

黒髪をツインテールに分けた朗らかな女のコは、カウンターの中からそう話しかけてくる。このバーにいる女のコは全員現役女子高生だという。

「週3で出てるけど、カフェは週1で、2日は系列店のコミュに行ってる。仕事はカフェの方が楽かな。コミュは変なお客さんだったり、話が途切れちゃったりすると気まずいから」

JKというと、オヤジ相手には冷めた態度をとるのかと思っていたが、予想外に非常に明るい。

「バイトのことはお母さんには言ったけど、お父さんには内緒(笑)。お母さんもお姉ちゃんも心配するけど、全然大丈夫。コミュのオプションでお散歩もあるけど、最近はお客さんもJK相手に危ないことしないから。進路? 今一番の悩みなのぉ!(笑)」

ミカとノンの言葉に共通しているのは、最近は店も客も女のコも、取り締まりが厳しいことはわかっているので、自ら危険なことはしないという。その代り、〝あがりたて〟などと呼ばれる卒業生への過度な要求が増えているようだ。

現在もまだ、現役のJKリフレは存在するが、風俗ライターの筆者としては、「1、2歳の年齢差なら、安心して遊べる18歳以上の風俗店の方がだんぜん楽しい」と思うのだが?
〝世の中のひまわり〟であるJKたちが、雑草に埋もれないよう、〝男〟としてではなく、〝オトナ〟として注目していきたい。

▼2003年、札幌にできた女子高生マッサージ店。店名にも堂々とU17とある。アッという間に閉店してしまったが。

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