デリヘルからちょんの間までロマンの風俗旅

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女子高生風俗の変遷

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条例でも厳しく規制されるようになり、そのニュースを耳にしたのは久しぶりのような気がする。JKビジネスである。

昨年、指名手配されていた元経営者が逃亡先で逮捕されたニュースに続いて、少しショッキングだったのは、女子高生を買春させたのが女子中学生だったというもの。もはや、どの国、どの時代なのかと感じてしまう。

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12213-20180118-50186/

 

テレクラからJKビジネスへ

女子高生はいつの時代でも、〝社会〟という広角レンズの端っこに映り込む〝ひまわり〟のような存在である。ある時は名脇役として世相に華を添え、ある時は主役として、肩越しに世の中が映る。
〈女子高生をとりまく世の中の状況は、いかに変化して来たか?〉
それを考えるとき、避けては通れない女子高生と男性の欲望の結び付きをさかのぼっていくと、たどり着いたのは『テレクラ』だった。

テレクラが登場した背景には、風俗の潮流に大きな変化があった。
1985年、新風営法が施行されると、店舗型風俗店への締め付けが厳しくなった。そんな法改正の狭間に誕生した店こそ、〝プロっぽい素人〟と遊べる風俗店ではなく、〝本物の素人〟と出会えるテレクラだった。

当初、「そんな店に電話してくる奇特な女性なんているわけない」という、大方の予想を裏切り、テレクラは大人気となった。しかし、早くも翌86年4月、朝日新聞にショッキングな記事が掲載された。それは、テレクラで出会った男性客とデートしていたとして、家出中の女子高生が補導されたという記事だった。当時、女子高生がテレクラを利用するとは、世間的には想像もしないことだったのだ。

時は折しも、フジテレビ『夕やけニャンニャン』や『オールナイトフジ』が大人気の、女子高生、女子大生ブーム真っ盛り。

「テレクラに行けば女子高生と出会えるのか!」

報道を逆読みした客たちで、テレクラはさらに人気となった。開業当初からのテレクラマニアA氏(52)が当時を振り返る。

「元祖テレクラと言われる歌舞伎町『キーホール』の頃から通ってました。当時は早取り制(かかって来た電話を早いもの勝ちで客が取る仕組み。従業員が女性の年齢確認などしない)の時代なので、かけてくる女性は、中学、高校生から人妻までと幅広かったんです。当時は、本当に出会い希望のコや、単純に『ヒマだから』とか、テレホンセックス目的の女性も多かったです。エッチ目的の女性もいたけど、お金は払ったことも、要求されたこともなかったですね。それがいつからか、金銭目当ての女性が増え始めたんです。当時は『円有り』『円無し』って言ってました」

また、単にイタズラで電話をかけてくる若いコも多く、それを繰り返すうちに〝好奇心〟から〝出会い〟へと繋がっていったのではないか。
90年代に入り、テレクラやダイヤルQ2から、『援助交際』という言葉が使われるようになると、響きの軽い「エンコー」は売春に対するハードルを下げる結果となった。
社会学者で、著書『援交から革命へ 多面的解説集』(ワニブックス)など
で知られる宮台真司氏は過去のブログにこう語っている。

「当初、テレクラには売春はほとんどなかった。しかし、出会ってすぐに性交できるという未規定制を規定化するため、男性が自発的にお小遣いを渡す習慣ができ、それを契機に、『お小遣いが欲しい』と持ちかける若い女性が増えた」

テレクラで売春=援交が始まるきっかけは、女性ではなく男性からの提案だったようだ。前出A氏も加える。

「今も昔も、(男の)目的はヤリたいという欲望だけ。空振りしそうな時は、多少なら金を払ってでもヤロウとする。でも、昔の女のコは、純粋に『カレシが欲しくて』電話をかけてくるコもいた。今のJKビジネスとは根本的に違うような気がします」

リアル出会い系の時代、若い女のコたちが求めていたのは、お金よりも心の充実だった。ひょっとすると、最初に補導された女子高生も、本物の出会いを求めていたのかも知れない…。

つづく。

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