裏風俗

ニッポンの風俗遺産【飛田新地】

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「今の日本に、まだ遊郭が残っているのを知ってますか?」
もしそう聞かれたら、「そんなバカな」と思うだろう。
それ、正解。
法治国家・日本には、売春防止法という法律があるのだから。
が、その裏で、「遊郭」は現在も本当に残っているのだ。

風俗総研最初の記事は、やっぱりここ。
第1回は、ニュー風俗発祥の街・大阪から始めることにしよう。

本研究所のHPを読む読者は、ある程度の知識はあると思うが、基本的なことだけを大まかに説明しよう。
まず、風俗の世界で言われている「裏風俗」とは、デリヘルやファッションヘルスなどの、普通の「風俗」の裏に隠れた業種のことだ。風俗営業の登録店、未登録店に関わらず、本来、許されていない本番行為が基本でできる店や風俗のことを指す。
例えば、女のコをホテルにお持ち帰りできるスナック(連れ出しスナック)や、最初から本番ありきのヘルスやピンサロ(本ヘル、本サロ)、昔からある遊郭などのこと。
デリヘルやヘルスで女のコにお願いして、内緒でヤラせてもらうのは当てはまらないが、最初から本番ありきのデートクラブは裏風俗に含まれる。
ただし、ソープランドは裏風俗には含まれない。

と、いろいろと矛盾だったりあやふやな部分はあるが、それが日本の風俗の現状なのだ。
それゆえ、生き残っていられたり、いられなかったりというわけです。
そして、これら裏風俗が、北海道から沖縄まで、全国に無数に残っているのですな。
その代表が大阪に残る遊郭というわけだ。

大阪で最も有名な裏風俗は、府内の5ヶ所に残されている遊廓。『大阪五大新地』などと呼ばれ、いずれも組合の厳格な自主管理の下、市民男性たちの憩いの場となり、女性たちの就業の場となっている。その中で最も大きく、最も有名な遊郭が、大阪市西成区に広がる「飛田新地(とびたしんち)」だ。

飛田新地は、大正時代に街が築かれ、戦前まで「飛田遊廓」として栄えた後、戦後は赤線へ。
そして、売春防止法施行後の昭和33年には料亭街へと街の名目は変った。
しかし、その景観や遊び方はほぼそのままに現代に引き継がれていとうわけだ。

街並は、時代の変化と共に、少しづつ現代の色相が濃くなりつつある。
しかし、今でも街には約200軒(営業店舗は半数程度)の遊郭建築の小料理屋が並んでいる。
そして、その路地に立つと、まるで自分が時代劇の劇中か昭和初期にでもトリップしたかのような錯覚に陥るだろう。
そしてそれが錯覚ではないと気付くと、次には驚きとカルチャーショックが襲ってくる。
飛田新地はまさに、異次元体験ができる街なのだ。

アジアを含めた海外には、そんな買春街が残されているのは知っていても、先進国ニッポンに残っていることは、にわかには信じられないに違いない。しかし、それが現実なのだ。

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