風俗

風俗年表〜戦後から現在まで

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更新もせずに申し訳ないので、普段、筆者が資料として使っている自作の風俗年表を掲載いたします。
何かの参考にされてください。
ただし、すべて筆者調べのため、事実と異なっていることもあるかもしれません。
また、資料をそのまま掲載していますので、日本語的におかしなところもあります。
その辺をご理解頂いた上でご利用下さいませ。

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1945年(昭和20) 終戦
5月に横浜大空襲で横浜は焼け野原となる。福富町に米軍キャンプができる。
特殊慰安設備協会 (RAA) 設立。労働は客によって過酷であったが極端に困窮していた国情もあり、戦争未亡人の助けともなったが、短期間で終了する運命に
8月28日東京大森に初のRAA施設「小町園」が開業
46(21)パンパン7万から8万人
戦後、家を失った人々が黄金町にバラックを建て始め、次第にヒロポンの密売所と私娼街へと変わっていく
1月 GHQ「公娼廃止に関する覚書」を発令。日本政府「公娼制度廃止に関する件依命通達」を発令
2月 日本政府「人身売買を禁ずる規則」を制定
3月 GHQ、RAA施設へのオフリミット(立入禁止)令
11月 赤線・青線地帯、特殊飲食店の誕生

47 (22) 5月「日本国憲法」施行
吉原の女性が集まり「新吉原保健組合」を設立
新宿の「帝都座」にてストリップショー始まる。後に帝国劇場社長となる秦豊吉氏が商社マン時代などに欧州で見たショーを日本に持ち込んだ。舞台に立てた額縁にじっと動かない半裸のモデルが収まり、名画に見立てて「額縁ショー」と称した。帝都座に刺激されるように、ロック座など専門劇場が次々と生まれた。http://sexynews24.info/blog-entry-51762.html
48(23)「風俗営業取締法」公布、9月施行 「旅館業法」施行
千駄ヶ谷に連れ込み旅館が誕生
49(24)4月RAA解散により、闇の女・パンパン登場
東京都「売春取締条例」を発令
50(25)朝鮮戦争勃発
婦人矯風会(明治19年(1886)日本キリスト教により設立。
一夫一婦制、公娼制度廃止海外売春婦の取締りなどを政府に請願)
ら「公娼制度復活反対協議会」を結成
4月吉原で25年ぶりに花魁道中が復活
5月「婦女に売淫させた者等の処罰に関する勅令」国内法に
12月 婦人矯風会ら「売春禁止法制定促進委員会」を発足

51(26)トルコ開業(4/1銀座「東京温泉」)健全サービスhttps://dot.asahi.com/wa/2016032300226.html?page=1
52(27)朝鮮戦争激化
パンパン全国に約15万人 盛りそば一杯17円の時代、ショートで1000円、オールナイトで3000~4000円 現代の価値で約3万、9万、12万
53(28)トルコでサービス過激化。浅草・ひさご通りには「スペシャルサービス」(通称オスペ)なるものが登場
54(29) 婦人団体代表ら「売春禁止法期成全国婦人大会」を開催
55(30)内閣に「売春問題連絡協議会」を設置
56(31)1月 都内赤線女性「東京都女子従業員組合連合会」を結成
3月全国赤線女性「全国接客女子従業員組合連盟」を結成
5月24日「売春防止法」を公布
57(32)東海地区の赤線業者が全国にさきがけ廃業を宣言
58(33) 2月28日 吉原の赤線廃業宣言、吉原終焉
3月31日 午前0時をもって全国の赤線終焉
4月1日「売春防止法」施行
トルコ→トルコ風呂へ 赤線業者が「浴場」として当局に営業届を出した。
7月 吉原に元赤線業者が経営するトルコ風呂「東山」開店
59(34)2月「風営法」改正により「風俗営業等取締法」と改称
63(38)永田町の首相官邸裏にトルコ風呂新設の申請が出される。が、時の首相・佐藤栄作の逆鱗に触れ「風俗営業等取締法の一部を改正する法案」が提出、トルコ風呂の新設にブレーキ
「パンマ」と呼ばれるあんま売春の流行
黄金町を舞台とした映画、黒澤明の『天国と地獄』公開
ピンキャバ増える オリンピック需要を見込んだが期待はずれ
64(39)東京オリンピック開催
66(41)3月、人口1億人突破
「風営法」改正によりトルコ風呂を「個室付浴場(サウナ)」として許可
68(43)12月3億円事件
この頃ピンサロ現れ始める
69(44)堀之内「川崎城」の浜田嬢が「泡おどり」を発案 後に芸能人御用達のトルコ風呂として人気を博した東京・大森の「歌麿」に、ビニールマットなるものも現れた。
1970(45)大阪万博開催
ピンサロ急増大衆風俗へ オスペなど ホステスは若くない
本サロも同時に登場
この頃からホテトルの前身が登場 高級ホテルにマッサージ師が出張し、蒸しタオルを用いてのマッサージをした後、アカスリをするのが当たり前になり、やがてはスペシャル(ヌキ)サービスもするようになった。
すでに西川口に「地下トルコ」「トルコ歌麿」開業している。
7月 沖縄でも売春防止法が施行
71(46)モーテル「アイネ」一号店開業
全国のモーテルが540軒に
72(47)モーテル営業規制 新設禁止、ワンルーム・ワンガレージ禁止
73(48)「目黒エンペラー」開業
75(50)ピンサロ隆盛期 ボッタクリピンサロ流行 取り締まり厳しくなり以降低迷
全国のトルコ風呂は1239店舗、トルコ嬢は16,833名
77(52)青酸入りコーラ無差別殺人事件
ピンサロブームに
78(53)最初のノーパン喫茶「ジャニー」が京都西加茂に開業 スーツにストッキング姿 280円のコーヒーが500円 北九州「天まで翔べ」説もある
黄金町駅改修工事

1980(55)京都京の町ノーパン喫茶「モンローウォーク」開業
大阪「あべのスキャンダル」開業 ミニスカート、エプロン、トップレス 前張りのコ、花電車芸も コーヒー1500円 経営者有田光昭 一日30万の予定だったが、200万以上の日も
東長崎「ルルド」都内最初のノーパン喫茶
大久保のサウナが日本で最初にアカスリを取り入れた →健康ランド→韓国エステへ
ラブホテルやマンションを利用したホテトル、マントルが急増
デートクラブ、ゲイバー、ビニ本、裏本など流行
81(56)ノーパン喫茶最盛期 東京で200軒、大阪で140軒 名古屋には床ガラス張りでモロ見え、絆創膏の女のコも
トルコ風呂1560軒 女性は2万人
テレ朝トゥナイトで山本晋也監督の風俗街リポート始まる ほとんどビョーキ
風俗紙・歌舞伎町タイムス創刊
歌舞伎町にマッサージ付きノーパン喫茶「USA」開業
赤坂に最初のマントル「女子大生の館」開業
ノゾキ部屋、トップレスヘルスなど新手のピンク商法が蔓延
82(57)警視庁がノーパン喫茶を初めて公然わいせつ罪で摘発→沈静化へ
歌舞伎町でキャバクラ一号店開業の説あり 学生、OLなど素人がウリ
83(58)愛人バンク創業 素人の女性による、悲壮感や罪悪感の薄い売春行為が増える
ラブホ、モーテルが増え、そこで売春行為が行われるようになった 70年代以降のモータリゼーションと合致する
9月、第二次ノーパン喫茶ブームの中、歌舞伎町「USA」にイブちゃん登場
84(59)グリコ・森永事件
2月イブ『USA』退店
6月ラッキーホール、マッサージ、のぞきの複合型風俗歌舞伎町「ワンダラー」開業
11月ノーパン喫茶と個室マッサージの「アメリカンクリスタル」開業
ノーパン喫茶の多くがファッションヘルスに転業
トルコ人留学生が渡部恒三厚生相(当時)に直訴 東京都特殊浴場協会は名称を公募。同年12/19赤プリにて記者会見し「ソープランド」に。
エイズ騒動勃発 客はソープを敬遠しヘルスに流れる 当時はエイズに対する知識が不足していて、セックスやアナルセックスで感染するとされていた
キャバクラ増え始める
ピンサロ復興し始める
マントルがブームに
85(60)2月、改正風俗営業適正化法施行 複合営業禁止 ファッションヘルスが公安委員会の営業届出の対象業種に 午前0時以降の営業不可 回転ベッド、鏡ばり、風呂場の透明ガラス禁止 など
ノーパン喫茶終息
テレクラ登場 共に援助交際という言葉がメディアに
オールナイトフジ始まる アダルトビデオ紹介コーナーや性風俗店探訪が人気コーナー 高田馬場ファッションヘルスサテンドールの早川愛美登場 ホンネを語る美人風俗嬢としてフードルの先駆けとなる 風俗コーナーは当局から自粛要請で改変
ブルセラブーム パンツウリの少女
マントル終息→ホテトル→マンションヘルスへ
86(61)バブル景気到来 財テクブーム
伝言ダイヤル始まる
87(62)朝日新聞阪神支局襲撃事件
1月 日本初のエイズ患者が出る。ソープランド開店休業状態により、個室ヘルス流行
マットヘルス「渋谷ホットポイント」開業
89(64平成元年)ダイヤルQ2始まる ソープ減少、デートクラブ摘発増加
NK流の元祖個室割烹が赤羽から始まる
1990(2)大阪花博開催 大阪府内からソープランド消滅
風俗誌急増 ニュー風俗に興味なかった男性たちを取り込むことに大きく貢献する
マンション風俗が増え始める
外国人女性による街娼「ジャパユキさん」激増
黄金町の川向こうの末吉町に立ちんぼがあらわれる
91(3)9月バブル崩壊
池袋でイメージクラブ「夜這い同好会」が同好会として発足
6月「平塚ジャンジャン」開業
ブルセラショップ登場
93(5)北千住に韓国エステ第1号店「千住エステ」開業 ヌキなし?
主婦やOLなどによる東南アジアへの買春ツアー増加
ホテトル、テレクラの増加、ヘアヌード写真がブームに
94(6)デートクラブ増加、デート嬢の大半が女子中高生
95(7)SMパブ、バー、カップル喫茶がブーム
五反田SMクラブ殺人事件
第二次ヘルスブーム 歌舞伎町1番街に違法ヘルス乱立 以降、池袋、新大久保、高田馬場に無届けの店舗型イメクラ、ヘルスが急増
96(8)新宿3丁目にて韓国式エステ開業
イメージクラブ、SMクラブ流行
女子中高生の援助交際増加
97(9)東南アジア女性のエステサロン、マッサージ店増加
98(10) レズバー増加、デートクラブ摘発増加
バイアグラ登場
99(11)4月、改正風営法施行に伴い、無店舗派遣型の性風俗サービス(デリヘル)が合法化 ラブホは店舗型性風俗特殊営業4号に
2000(12)シティーホテルがデイユースを導入
京急が高架の耐震補強工事を理由に、高架下からちょんの間を排除。黄金町ちょんの間壊滅かと思われたが、路地を挟んで反対側に引っ越し、さらに店舗を増やす。
2001(13)9月1日 歌舞伎町の風俗ビル明星56ビルから出火。44名が死亡。イメクラ、セクパブ、麻雀店、無料案内所などが入居していた。
インターネットの普及と共にデリヘル急増
02(14)日韓共催W杯
風営法一部改正 テレクラ規制他
04(16)3月3日ソーシャル・ネットワーキング・サービス「mixi」公式オープン)
石原慎太郎知事の歌舞伎町浄化作戦により、都内全域の無届け風俗店が摘発、壊滅へ
05(17)1月11日「横浜開港150周年(2009年6月2日)」に向けて街のイメージアップを図るため「バイバイ作戦」摘発はじまる
4月6日、黄金町ちょんの間60年の歴史に幕を下ろす
06(18)風営法一部改正 デリヘル規制強化 4号営業の再届出
11(23)風営法施行令改正 風営法の適用店舗拡大
2020( 2年)東京オリンピック開催
2025( 7年)大阪万博開催

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